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Feature 06
南部美人
ここの酒は、自由の味がするのかもしれない。

明るい。蔵元が明るいのである。そして、この人柄が、その日、ちょっとした魔法を見せてくれたのではあるまいか、と思ったりしたのであったーー

   四月。連休前、この歳の仕込みの最後に間に合うように岩手県二戸を訪れた。

   東北の春は遅い。そのぶん、桜の開花は、よりいっそう健気なような、それでいて厳かささえただよう。ちょうどそんな桜のタイミングでこの地を訪れた。

  ところが、である。

   その日、地元の人、そして蔵元も驚くことがおこったのだ。

   もう季節も春本番になりかけ、仕込みはいよいよ最終盤にさしかかっていた。いい酒を造る現場に行くといつも心が踊るが、この日は特別だった。

    車窓からちらほら見える、桜。あいにくの曇天ではあったけれど、東北の、待ち焦がれた、満開の桜が見えると、鉛色の空がどことなく青空に見えるような、かような錯覚をおこすほどに、はじけんばかりに咲き誇っていたのである。

  

    二戸駅は正直にいってまったく賑やかな駅ではない。東北新幹線の停車駅とはいえ、平日のラッシュ時でもない時間帯には、付け待ちするタクシーもなく、電話で一台呼び出し、待った。ほどなくしてやってきたタクシーの運転手さんに

「南部美人までお願いします」

    こう聞いて問い返されたことがない。酒蔵は、その町のランドマークなのだと、いつも、いつも再認識する。運転手さんは、笑顔でうなずき、タクシーは一路、南部美人を目指した。

「おはようございます」

    出迎えてくれた蔵元の久慈浩介さんは、声が大きい。これまた、曇天が一瞬、晴れ渡るような、豪放磊落という言葉が似合うような大らかな、声なのである。

   ほんとうに明るい。明るい蔵元は大勢いるけれど、久慈さんの明るさには、力がある。対峙している相手の体が勝手に動き出しそうな、寒い時に煌々と燃える焚き火のような明るさだ。

   そして蔵を案内される。ひととおりの過程を見る。

   その日は大吟醸の仕込みであった。甑からたちのぼる湯気は、まるで、彼らの熱気のようにも見えた。皆、ひとえに、同じことを胸に抱いている。そういうことがあるのだろう。息遣いが、シンクロしているように見えた。良い酒造りの現場は不思議とつねにリズムがある。作業が苦しげでない。踊りのように、きれいだ。

一歩を足を踏み入れて「ただいま」と言いたくなる蔵の香り

    さて、蔵の第一印象は「視覚」ではない。第一印象というけれど、酒蔵にかぎっていえばビジュアルのイメージではないと思う。

   なによりも、それは香りだ。

   なにかを凝視するよりも先に、その建物のなかに漂う、香りが挨拶をしてくれて、そこで、その蔵の印象がなんとなく伝わってくる。南部美人の、長い年月をへてきた蔵に一歩足を踏み入れたとき、その香りをかいで、思わず口をついた言葉は

「ただいま」

    であった。その理由は考えればいくらでも思いつくのだろうが、とにかく、現象として「ただいま」と言いたくてしようがなかったのである。

   蔵人は皆明るい。蔵元が、あれだけ明るいから、かもしれないし、類は友を呼んだのかもしれない。

   伝統ある酒蔵の五代目を継いだときから、新しいことに挑むべく、酒造りの経験のない人たちを、そして情熱のある人たちをすこしずつ集めてきた、この蔵にとって、この、人の明るさは、なにより大事なことだったのかもしれない。

前の晩は、海外から客人がいたこともあり、蔵で宴会が催されたという。その話題が、ちらほらと聞こえた。室のなかでの麹作りを、それこそ、小さき子どもを愛でるかのように作業しおえると、「昨日は2時まで結局」「べろべろで」といった声が聞こえる。これほど酒をてらいなく愛している蔵人に束で出会ったのは初めてかもしれない。仲間という言葉は胡乱で危険をはらんでいるし、おいそれと口にする人を信じられない。けれど、彼らには、掛け値なく似合っている。間違いない、酒好きの、酒造りの仲間だ。こういう人たちが造る酒は旨いにちがいないし、実際、旨い。その大将の話をきいた。大将とは、もちろん蔵元の久慈浩介さんである。

伝統は重んじる、だが、縛られず、旨い酒造りに邁進する

「ずっと教師になりたかったんです」

   久慈さんは高校生までその夢をあたためていた。ところが、岩手県の留学支援制度でアメリカはオクラホマ州タルサでホームステイをしたことで、進路は大きく変わった。ホームステイ先のホストファザーがワイン好きだった。久慈さんは、お土産に南部美人の大吟醸を持っていったが、それを飲んだ件のホストファザーがこう聞いたというのだ。

「浩介は家業を継ぐんだよね」と聞いてきたところ、ぼくは「いいえ、教師になりたいんです」とこたえたら、ホストファザーが頭を抱えてましてね(笑)」

   酒好きに国境はないのだ。だから、南部美人という素晴らしく旨い酒を造るファミリービジネスがありながら、なぜそれを継がないのかわからず、懊悩したホストファザーの気持ちは手に取るようにわかる。

   

  教師の道をあきらめ東京農業大学の醸造科に進学した久慈さんは、そこで同世代の蔵元の息子たちと知己をえる。

「それまでは「酒蔵の息子? へえ」なんて驚かれてたのが、農大の醸造科では大主流派なんですよ、こんなに酒蔵の息子がいるんだあ、って思いました(笑)」

  卒業後、5代目を継いでから、久慈さんは、自分が思う南部美人を造ることを目指して、スタッフには酒造りのバックグラウンドのない者を敢えて集めていった。伝統は重んじるが縛られず、新しいことを拒絶せず、挑戦していく。そういう酒造りのために、まるで生まれ変わるかのように、新しい風を吹き込んでいった。

   その後の、南部美人の快進撃は言うまでもない。2017年には、世界最大のワインコンテスト、インターナショナルワインチャレンジ(IWC)の日本酒部門で南部美人 特別純米酒が「チャンピオンサケ」を受賞した。世界一の日本酒、になったのである。翌年には、SAKE COMPETITION 2018で「南部美人 純米大吟醸」と「あわさけスパークリング」がそれぞれ1位になった。旨い酒であることが世界的にも知られている。

  こうなると、蔵元は、肩のラインやカフスの塩梅に見惚れるようなスーツで闊歩するのかと思いきや、そんなことはない。いつも南部美人の法被を羽織って、変わらぬ大声で、明るさをふりまいている。

「すごい腕時計とか車だとか、そういうモノなんて本当にどうでもいいんです。とにかく、いい酒が造りたい。そのためには何も惜しまない」

   酒米を蒸すための甑を新しくした。受け継いだことは大切にする。一方で、旨い酒を造るための新しい知恵や道具はどんどんとりこんでいく。扉が大きく開いている。この酒蔵には、そういう空気がある。

   だから、ここの酒は、自由の味がするのかもしれない。それはしまりがない、こととは決して違う。酒のほうが、「どう飲んでもいいよ、楽しく飲めよ」と語りかけてくれるような、そういう自由さにあふれているのである。

  

  

   2011年の東日本大震災では、煙突や下水管に被害があった。でも製造ラインは無事。休まず旨い酒を造る仕事をつづけた。けれど「自粛」が酒をひかえさせた。傷ついた人をそっとしてあげることはいい。けれど、横並びの自粛にどんな真心があるのか。

   

   そもそも酒は、人を潤すものだ。どんなときであっても。

  久慈さんたちは、YOUTUBEをつかって「ハナサケ! ニッポン!」という動画を流した。酒を自粛しないでほしい、東北の日本酒を飲むことが復興につながる、というメッセージだった。あらためて当時の話を聞かせてくれたとき、久慈さんはすこし鼻声になっていた。そして、いつの間にか、その顔がすこし滲んで見えた。

   

    酒蔵を後にするとき、煙突を見上げると、満開の桜が見えたが、風が吹くと、花びらが舞い散りはじめたのである。もったいないと思ってよく見れば、それは、季節はずれの雪なのであった。

「この時期の雪はめずらしいですねえ」

  と笑った久慈さんに、「熱燗で花見酒ですなあ」と言うと、嬉しそうに笑ったから、もちろん、その晩は、南部美人を熱燗で、それもしたたか飲んだ。いい酒は、そういうときに呑むと、一層うまい。南部美人はそういう酒だ。

南部美人 特別純米酒
IWC 2017 Champion Sake 受賞酒
使用米
ぎんおとめ、他
精米歩合
55%
容量
1800ml、720ml
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