幻にしては、旨過ぎた。
かつて、この酒は「幻の酒」と言われた。
1960年代におこった「地酒ブーム」。
その渦中にあって、誰もがその名を耳にした酒がある。
それが「越乃寒梅」だ。
ちゃんとした酒。それを手に入れるのは困難をきわめた。
いつしか「幻の酒」と呼ばれるようになった。
新潟県の石本酒造が造る、当時の主流だった濃厚で甘さの強い酒と
一線を画した、すっきりした旨い酒。
戦前、戦後の混乱期、三増酒とよばれる、悲しい酒が多く出回った。
いたしかたないところもあっただろう。それでも、この蔵は
必死に、真摯に、酒造りをつづけた。
酒造りの工程のすべてに妥協せず、
そのために大量には造れなくても
決してやりかたを変えることはない。
こういう旨い酒を惜しげもなく飲むと
全身に力がみなぎってくる気がする。
それこそ、生命を腹の底で感じる。
滅多にお目にかかれなくても、
その旨さは、一度でも飲めば記憶に
きざまれる。
幻にしては、旨過ぎる。